
「先生、左肩が痛くて眠れないんだよね。」その一言で、治療は振り出しに戻りました。

目次
「先生、左肩が痛くて眠れないんだよね。」その一言で、治療は振り出しに戻りました。
前回の治療が終わり、患者さんが帰ろうとした時でした。
患者さん
「先生、実は左肩もちょっと痛いんだけど。」
私は右肩をかばって生活していた影響だと思いました。
もちろん、次回はしっかり診よう。
そう考えていました。
でも、まさか同じ肩関節周囲炎が反対側にも始まっているとは、その時は思ってもいませんでした。
右肩は少しずつ良くなっていました。
夜間痛も減り、肩も少しずつ動き始めています。
私は心の中で、
栗田(心の中)
「ここまで来れば、このまま良くなっていくだろう。」
そう思っていました。
でも、その考えは数日後に大きく変わることになります。
【3か月目】
来院された患者さんの表情を見た瞬間、何か違和感がありました。
栗田
「右肩はいかがですか?」
患者さん
「右は少し楽になってきたんだけどさ……。」
少し間が空きました。
嫌な予感がしました。
患者さん
「左肩が痛くてさ。」
「夜も眠れないんだよね。」
その瞬間、頭の中が真っ白になりました。
すぐに左肩を検査しました。
右肩は前回より動いています。
夜間痛も減っています。
でも左肩は違いました。
少し動かしただけで強い痛みが出る。
じっとしていてもズキズキ痛む。
夜中に何度も目が覚める。
私は検査を進めながら確信しました。
左肩は炎症期です。
同じ患者さんなのに、左右で治療が違う。
肩関節周囲炎は一般的に、
・炎症期
・拘縮期
・回復期
という経過をたどることが多い疾患です。
右肩は拘縮期。
左肩は炎症期。
同じ患者さんなのに、左右で病期が違う。
つまり、治療も変えなければいけません。
右肩は少しずつ動かしたい。
左肩は守りたい。
同じ施術では対応できない状態でした。
私は検査をしながら、頭の中で治療計画を組み直していました。
栗田(心の中)
「あの時、左肩ももっと詳しく診ていれば……。」
もちろん、その時の主訴は右肩でした。
一番困っていたのも右肩です。
だから右肩を優先した判断が間違いだったとは思っていません。
でも治療家である以上、
「もっと早く気付けたんじゃないか。」
その思いは消えませんでした。
治療方針を変える決断
私は患者さんに状態をご説明しました。
栗田
「右肩は順調に改善しています。ただ、左肩は今が一番炎症の強い時期だと思います。まずは左肩の炎症を落ち着かせることを優先しましょう。」
患者さんは少しうなずいて、
患者さん
「分かった。」
少し笑って、
「先生に任せる。」
そう言ってくださいました。
その一言に救われました。
私は右肩のトレーニングを一旦中止しました。
今は左肩を守ることが最優先です。
炎症が強い時期に無理をすると、回復まで時間がかかることがあります。
焦る気持ちはありました。
でも、その焦りを治療に持ち込んではいけない。
患者さんに必要なのは、私の焦りではありません。
その日の身体に合った治療です。
患者さんが帰られました。
私はいつもどおり最後まで診療をしました。
でも、その日は違いました。
家に帰っても頭から離れません。
カルテを開く。
閉じる。
また開く。
「違う。」
「何かある。」
でも答えが出ない。
もう一度カルテを見る。
「あの検査で本当に良かったのか。」
「もっと早く左肩を診るべきだったんじゃないか。」
そんなことばかり考えていました。
栗田(心の中)
「左肩が痛くて眠れないんだよね。」
その言葉が、ずっと頭から離れませんでした。
思わず心の中でつぶやきました。
「それを聞いたら、今日は私の方が眠れませんよ……。」
もちろん患者さんには言いません。
でも、本当にそう思いました。
治療家は万能ではありません。
経験を積んでも、すべてを予測できるわけではありません。
だから私は毎回検査をします。
昨日と今日では、身体は違います。
この患者さんは、その当たり前だけれど一番大切なことを、もう一度私に教えてくださいました。
【4か月目】
左肩の治療を始めて約1か月。
少しずつ変化が見え始めました。
患者さん
「先生、少し眠れる日が増えたよ。」
その一言で、ようやく肩の力が抜けました。
右肩も大きく悪化することなく維持できています。
左肩も少しずつ炎症が落ち着いてきました。
まだゴールは見えません。
でも確実に前へ進んでいます。
私は改めて感じました。
肩関節周囲炎は、
「何か月経ったから、この治療。」
ではありません。
その日、その肩がどの状態にあるのか。
それを見極めることが何より大切です。
教科書どおりに進む患者さんばかりではありません。
だから私は毎回検査を行い、その日の身体に合わせて治療内容を組み立てています。
この頃の私は、まだ知りませんでした。
数か月後、患者さんが笑顔で話してくださった、
「先生、シートベルト普通にできたよ。」
その一言が、この11か月で一番嬉しい言葉になることを。
──第三話「先生、シートベルト普通にできたよ。」へ続く。
